周恩来日本滞在の啓示

ソース:中国孔子網作者: 2021-09-18 15:41

 新中国初代の指導者周恩来はなぜ日本に留学することを選んだのか?落第を経験した彼の気持ちは?帰国前に2回嵐山に行ったのはなぜ?彼の詩に出る?少しの光」とはいったい何を指しているのか?周恩来、日本と大禹の間にはどんな内在的な関係があるのか?旅日文化学者の第一人者で、周恩来研究家の王敏教授は、彼女の中国語代表作『嵐山の周恩来』の中で詳しく論じた。

 日本で尊敬された周恩来は、両国の平和発展に関わる事業に非凡な貢献をされた以外に、彼の人格的魅力と人文的風格も大いに関わる。王敏教授は、これは周氏自身の文化修養と往年日本に留学し、多角的に日本を観察して理解した経験と関係があると考えている。

 日本にいた時、周恩来は二度嵐山を訪れ、?雨中嵐山」と?雨後嵐山」の2つの詩を書き上げた。詩の中で、周恩来が往年日本に留学する時抱いた?大同」の思想は、まるで?雨の中嵐山」で書かれた?少しの光」のように、海水のように流れてやまない。この?少しの光」は、花のように歳月を潤っている。

 紹介によると、卒業前、日本の先生に将来の志望を尋ねられた周恩来は、即座に?中国を立ち上がらせるために勉強します」と答え、この句は周氏の一生を貫いた。

 周恩来の初期の思想の枠組と初心を知りたい方は、本サイトが制作した動画?周恩来の日本留学の歴史:日本を横断する星星の火」をご覧下さい。

 [著者略歴]王敏、法政大学名誉教授、桜美林大学大学院特任教授、拓殖大学客員教授、日本アジア共同体文化協力機構顧問、中国大鸞翔宇慈善基金会顧問、国際儒学連合会副理事長。日本語の代表作には『宮沢賢治と中国』、『嵐山の周恩来』、『禹王と日本人』などがあり、中国語の代表作には『嵐山の周恩来』、『宮沢賢治傑作選』、『漢魂と和魂』などがある。王敏は1992年に山崎賞、1997年に岩手日報文学賞(賢治賞)、第6回アジア映画祭·審査員特別賞(受賞作品?宮沢賢治?シルクロードの夢」番組に出演)、2009年に日本文化庁長官表彰を受賞。

編集:陈孟

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