中国北京市の中心部を南北に貫く中軸線の世界遺産登録2周年に当たる27日、市内の故宮、正陽門、先農壇などの史跡で無料開放や新規展示が実施される。
中国江西省景徳鎮の千年にわたる磁器産業の歩みを伝える「景徳鎮の手工芸磁器産業遺産群」が25日、世界遺産に登録された。韓国・釜山で開かれている国連教育科学文化機関(ユネスコ)の第48回世界遺産委員会で決定した。中国の世界遺産は計61件となる。
中国湖北省武漢市の武漢大学万林芸術博物館で23日、雲岡石窟(山西省)の豊かな芸術遺産を紹介する巡回展「融・雲岡芸術」が開幕した。
中国北京市の中国美術館で22日、同館が主催する「全国中青年創新芸術展」が開幕した。
中国四川省成都市の金沙遺跡博物館が所蔵する「太陽神鳥金飾」が12日、中国東方航空の国家博物館テーマ便で北京に到着し、翌13日から中国国家博物館「三星堆・金沙遺跡古蜀文明展」で公開されている。
端午節を迎えた中国で、江西省九江市の徳安県博物館に収蔵されている約750年前のちまきが注目を集めている。2個のちまきはいずれもひし形で、長さ6センチ、幅3センチの一口サイズ。当時はこうした小ぶりなちまきが一般的だったとされる。ヨシの葉で包み、麻ひもで結ばれており、包み方や技法は現代のちまき作りに非常に近い。現存する世界最古の三角ちまきとされ、炭化しながらも形はよく残っている。
中国の「文化・自然遺産の日」に当たる13日、貴州省安順市呉家屯で無形文化遺産をテーマにしたパレードと実演が行われた。周辺の村から20余りの団体が集まり、伝統演劇「地戯」や飾りちょうちんを披露した。
中国北京古琴文化研究会の常務副会長で古琴文化学者の呉寒(ご・かん)さんは、9歳から伝統楽器、古琴(こきん)を習い始めた。約40年にわたり古琴について学び、歴史的典籍や制作技術を深く研究してきた。古琴に関するさまざまな書籍約200冊の整理や執筆、共同出版に携わり、約100張りに上る古琴を自ら制作した。
中国北京市の中国美術館で「巨匠に敬意:ダビンチからカラバッジョ-イタリア・ルネサンス名作展」が4月末から開かれている。
中国貴州省黔東南(けんとうなん)ミャオ族トン族自治州丹寨(たんさい)県のミャオ族の人々は、伝統技芸の「ろうけつ染め」を代々受け継いできた。藍染料作りやろう描き、染色、ろう落とし、縫製など10以上の工程を要し、溶かしたろうで布に絵を描く際には蝋刀(ろうとう)と呼ばれる特殊な器具を用いる。ミャオ族のろうけつ染め技術は2006年に国家級無形文化遺産に登録された。
中国重慶市巴南区で15日、外国人向けの文化交流イベント「老外@Chongqing」が開催された。バングラデシュ、タイ、カメルーンなどからの留学生が伝統刺繍(ししゅう)の「乱針繍」や泥人形「劉氏泥塑(でいそ)」など無形文化遺産に指定されている技法を体験し、中国文化を学んだ。
国際博物館の日(5月18日)を迎え、中国各地の博物館は多くの観光客でにぎわった。
山西省運城市の複数の遺跡でここ数年、蚕のさなぎに酷似した小型の造形物が出土している。時代分布は仰韶(ぎょうしょう)文化の前期から中期、後期にわたり、複数の場所で出土したことが考古学界の注目を集めている。
中国の四川大学考古文博学院と四川省文物考古研究院はこのほど、国際学術誌「アーキオロジカル・リサーチ・イン・エイジア」に共同で発表した論文で、四川省の三星堆遺跡7号祭祀坑(さいしこう)から隕鉄器が見つかったと明らかにした。
中国海南省海口市の海南省博物館では労働節(メーデー)5連休最終日の5日、ライチ文化に関する特別展「茘子丹兮-茘枝文化展」に多くの人が訪れた。
中国貴州省黔東南(けんとうなん)ミャオ族トン族自治州黎平(れいへい)県にあるトン族集落、肇興侗寨(ちょうこうとうさい)などでは、藍染めや刺繡(ししゅう)などの無形文化遺産の伝統的な技法が千年余りにわたり受け継がれてきた。糸紡ぎや機織り、打靛(だでん=藍色の抽出)、染色、刺繡は古くから日々の暮らしに溶け込み、トン族文化の象徴となっている。
中国天津市の北疆博物院でこのほど、天津自然博物館と天津博物館が共催する「朔方古韻―北疆博物院文物特別展」が始まった。貴重な文化財100点近くを展示し、注目を集めている。
「記念物と遺跡の国際デー」(世界遺産の日)の18日、中国の古蜀文明を伝える中核文化遺産である四川省の三星堆博物館と金沙遺跡博物館がテーマイベントを開いた。三星堆・金沙遺跡が持つ顕著な普遍的価値を解説し、文化遺産の保護に向けた社会全体の共通認識と連帯を醸成した。
第1回「全国読書週間」が始まり、23日の「世界図書・著作権デー(世界本の日)」を控えた中国で、さまざまな読書イベントが開かれ、人々が本に親しむきっかけとなっている。
中国の山西省考古研究院は、同省河津市古垛(こだ)村の南で新石器時代仰韶(ぎょうしょう)文化の初期から中期に属する遺跡を発見したと明らかにした。仰韶文化初期の遺跡が確認されていなかった汾河(ふんが)下流域の考古学的空白を埋める成果となった。